「年長者の格言」これって嘘だよね

人の役に立つことって何?

よく一代で社長になった人が言う「人の役に立つことをすればカネは後からついてくる」という言葉が出てくるが、人の役に立つ事とは何なのか?

うがった見方をすれば人の役に立つことをやっても、その成果は全部取られるという事もあり得る。言葉は悪いがそのようなことを言っている人は運が良かっただけだろう。

役に立つことは一人一人違うし、その社長も役に立ちたいという事だけなら、別に会社を興す必要性もない。役に立ちたいというその一念だけで会社を興すのはあまりにもリスクが大きすぎる。

何のために会社を興すか?それは「ビジネスとして成立するか」と言う一点に集約される。ビジネスとして成立すると見込めないととてもじゃないができない。

この言葉の意味するところは成功者の自己正当にほかならない。

「カネだけがすべてじゃない」

「カネだけがすべてじゃない」も自己正当の極みだ。ではカネは何のために稼ぐのかと言う本質を探れば自ずとわかってくる。

結果的には自分のためだ。自分のためにやっていれば「会社のため」、「家族、生活のため」になる。

昔、堀江貴文氏が「カネで買えないものはない」と言って物議を醸したが、これは本質をついている。すぐ良識者は「カネで人の心は買えない」、「カネでできないこともある」と言い出すが、そのような常識論を言っている人こそ「常にカネがない」、「もっとカネが欲しい」と言っている人なのではないか。

この言葉自体は昔からあるが、バブル経済が崩壊してからよく使われるようになった。

バブル経済の時は日本全体が浮かれていたともいわれているが、浮かれていたのは富裕層だけで一般は特にその実感はなかったのが実情だ。今日本人は中国人の事を「カネで何でもできると思っている」と思っているだろうが、これは日本人もやってきたことだ。

有名画家の描いた絵を手に入れた人が「自分が死んだらこの絵も一緒に燃やしてくれ」と言っていたりしていた。(今の中国人以上に横柄だった)

痛い目にあった人が言い出したことであり、自分がやったことで他人を委縮させるようなことはあってはならないと思う。

「努力は必ず報われる」

「努力は必ず報われる」もっともらしい言葉に聞こえるが、あなたはどうだろうか?

「報われていないのならそれは努力とは言わない」と言う人もいるが、努力の程度は人によって違う。その人にとっては普通にできることでも、ある人には非常に困難な場合がある。またどんなにやってもできないことがあるのもまた事実だ。

努力は必ず報われるのなら、一般人でも超一流のスポーツ選手に誰でもなれるという事のある。人には向き不向きがある。走るのが遅い人に速く走れと言っても無理という事と同じことだ。

しかしやるべきことはやらなければならない。これを努力と呼ぶかは他人が決めることではない。本人は努力と思っていないかもしれないからだ。