庶民感覚とは?

もともと庶民でない人の求めるのは酷

今は衆院選の真っ盛りだが、政治家は庶民感覚が大事と言う人がいるがもともと庶民でない人に求めるのはおかしいだろう。

大体選挙に立候補するだけでも莫大な資金がいるのに立候補する人が庶民でないのは明らかだろう。ほとんどが二世議員かその奥さんかタレント。バックアップする人が大勢いるし資金もある。このような人でないとどんなに理想や政策があっても政治家になることは無理だ。

本当の意味での庶民が立候補できないのが今の選挙だ。「それは平等ではない」という人は必ず出るが、生まれた命は平等だが、生まれた家は平等ではないという事がわかっていないのか、もしくはわかっていても無視しているのか。

そんなに平等という事にこだわるのであればみんな東大に行けるはずだし、みんな大谷翔平みたいになれるはずだ。このことは触れないで平等という言葉を使って言葉遊びをしているにすぎない。

庶民感覚で政治をやれるわけがない

政治には庶民感覚が大事と言う人がいるがでは庶民感覚とは何か?一般人の感覚で政治をやれという事と捉えるがそれでは政治はできない。

特に国政となれば世界のトップとの闘いになる。お互いに国益を求めてやっている武力を行使しない戦争だ。そこで庶民感覚を持ってやったらあっという間に負けてしまうだろう。

大体が政治家の手足となって働く官僚も庶民とは思えない。東大や有名大学を卒業した人間は親の年収が1000万以上というのが当たり前。これが庶民か?

マスコミは世論誘導をやめるべき

マスコミが庶民感覚がないと報道するときはいくらの食事をしているだの些末なことがほとんど。金銭感覚がずれていると批判するが、そのマスコミの人たちの年収を公開することはない。自分たちの年収が公にされたら「マスコミこそ庶民感覚がない」という事が暴露されるからだ。とりあえず一般サラリーマンよりは相当いい給料をもらっている。

そのような人たちに批判する資格はない。そして自分たちの利益になるように世論を誘導するのは国賊そのものだ。

マスコミで信用できるのは訃報と事故とスポーツの結果のみだろう。「マスコミはそんなことはない!」、「マスコミは公権力の監視機関」と言われるが公権力の監視機関と言う割にはマスコミの監視機関はない。「国民が監視している」と言うが自分たちが世論誘導しているのだから監視の意味があるとは思えない。実質BPOも形骸化しているのが現状だ。

マスコミが信用できない今は情報を自分で取捨選択する能力が求められている時代は今ほどないだろう。ネットだけを鵜吞みにするのも問題だが、自分自身で考える能力も必要ではないか。