北朝鮮がミサイルを発射して戦争になったら・・・

もし戦争になったら

もし本当に戦争になったら今迄の生活は一変する。平和のありがたさや当たり前の生活が特別なものだったと実感するだろう。常に死というものが隣り合わせにあるという非現実的な世界だ。

だから平和が大事という考えにもなる。しかし平和とは微妙な緊張感を保っている状態であり、外交や経済は常に戦争状態である。

その緊張感が切れた時には中国、ロシア、韓国とも戦争になる可能性はある。

今は北朝鮮との戦争になるかならないかの瀬戸際に来ている。直接日本が戦争をしなくても、アメリカの同盟国という事で戦争に巻き込まれる。これは日本だけでなく同盟を結んでいる国全体に言えることだ。

公約などミサイルで吹っ飛ぶ

衆議院選挙が明日に公示される。どんなに平和が大事、憲法改正阻止、9条堅持と言ったってそんなのはミサイル一発で吹っ飛んでしまう。

所詮理想論であり、現実に即したものではないからだ。ミサイル発射に対しての避難訓練は各自治体でやってはいるが、日常的にやっているものではない。問題点が出たのにもかかわらずそれを検証して発表することもない。これでは訓練の意味がない。

国民にとってはミサイルからどうやって身を守るかという方が大事であり、選挙は二の次というのが現実だ。10月10日に北朝鮮がミサイルを発射するかもという情報がある。わかっているのなら訓練や有事の時の体制を国民に周知すべきだ。こんなことは撃たれてからやっても意味がない。

戦争となれば日本人も真剣に考える

幸いにして戦後72年間日本は武力戦争はなかった。だがそれが壊れるかもしれない。「9条があれば戦争は来ない」と言っていた人は嘘つきとして糾弾される。国民を有事に対し何も考えないようにしていた罪は重い。さらには9条をノーベル賞にと言っていた人たちも同罪だ。

今回のノーベル賞の候補にも挙がらなかったのは「日本人が作ってはいない憲法」という事が世界の人達はわかっているからだろう。

国民の生命、財産を守る事が国の責務だが自分の身は自分で守るという気持ちがないといけない。これが今の日本人に決定的に不足している。「どうせ国がやってくれる」と思うのはなぜだろうか。有事となれば隅々まではいきわたるのには相当の時間がかかるのも想像できないのか。権利ばかりを主張する団塊の世代が老人となった今、秩序を保てるとはとても思えない。それは都会になればなるほど顕著になるだろう。

前回の東日本大震災の時には秩序だって救援物資に列を作っていたと海外から賞賛を受けたがそれは地方都市だからという事もあるだろう。

有事が現実的になった今こそ真剣に考えなければならない事だろう。