若者の活字離れが進んでいるというが本当なのか?

活字離れは若者だけではない

若者の活字離れが進んでいるというがそれは真実ではない。活字離れとは紙媒体の書籍を読まないという意味でつかわれている。それを報じているのは紙媒体である出版社である。要は「本が売れないのは若者が本を読まないから」と言っているのだ。

しかし本を読まなくなったのは若者だけなのか?そんな事はない。若者だけが本を読まなくなったって全体の発行部数の減少なんてたかが知れている。

活字離れが進んでいるのは中高年も含めて全体的にだ。確かに紙媒体が売れなければ印刷業や出版社が立ちいかななくなるのはわかる。だがそれは時代の流れでありそれには誰も逆らえない。

その代わりに伸びてきているのが電子書籍だ。

紙媒体の欠点とは何か?それは場所を取るという事と選択肢が自分にないということだろう。

本は買えば買うほど場所をとる。図書館のような本専用スペースがあればそれでもいいが、一般家庭では本専用の部屋など不可能に近い。その点電子書籍スマホ1台に何万冊も納まる。

本を買うためには基本的には書店に買いに行かなければならない。しかし書店に必ずしも自分の欲しい本があるとは限らない。それは書店も商売であるから売れる本を仕入れるからだ。注文すれば取り寄せるのは可能だがそれには時間がかかる。その点電子書籍は検索して欲しい本があればすぐに自分のものにできる。この差は大きい。

活字離れの進んだ原因は?

活字離れの進んだ原因は学校教育にある。まず教科書にある。忘れたら怒られ、つまんない教科書を強制的に開かされる。教師と言えば学習指導要領に基づいた授業しかできない。これが今の活字離れを招いたと言っていい。

それに必ず提出させられた読書感想文。一人一人感想が違うのが当たり前なのに、添削する教師の主観が最優先されてしまう。ちょっと視点の違う感想を書いたら「この生徒は問題あり」というレッテルを張る。(例えば戦争は悲惨というのを求めていて戦争は必ずしも悲惨だけではないというのを提出したら学校や教育委員会を巻き込んだ大騒ぎになる)そもそも読みたくもない本を読ませるのがいけない。

今は情報を取捨選択できる世の中

昔は情報は一方的に来るものだった。テレビ、新聞、雑誌など来るばかりでこちらから情報を発信する手段がなかった。ところが今は私も含め情報をだれもが発信できるようになった。その中から真偽はともかく情報を取捨選択するのは個人の責任という時代だ。

いまだに紙媒体を含むマスコミが言っているのは「ネットは情報の正確さがない。信用できるのはマスコミ」というネットを否定するコメントを出しているが、都合のいいときは「情報の正確さがない」ネットを利用するのはおかしいのではないか。

活字離れというがこの言葉をそのまま読み取るなら活字離れは起きてはいない。ネットの文章も活字でできているからだ。この「活字離れ」という言葉は「本が売れない。本こそが正しい。ネットは信用できない。」という意味を含んだ紙媒体の悪あがきに聞こえるのは私だけなのか。