札幌市西区で宿題をやっていないことに腹を立て長男を酒瓶で殴って父親逮捕

札幌では8月21日が始業式

札幌の小中学校は昨日8月21日が始業式だった。そして今日事件の報道があり信じられなかった。宿題が終わっていないのに腹を立て長男を酒瓶で殴って逮捕されたというのだ。

父親「宿題をやっていなくて怒ったのは覚えているが、殴ったのは覚えていない。」との供述。まあ都合のいい思考回路だと思う。怒ったことは覚えていて、殴ったのは覚えていないということはあり得ない。もしそれが真実だとしたら、怒った後に記憶をなくすほど酒を飲んだことになる。

長男も宿題をやっていないのが悪いという意見もあるだろうが自分の小学生の時はどうだったのか。前日に必死にやって終わらせた人も多いのではないか。子供に自分と同じ苦労をさせたくないのはわかる。しかし「宿題くらいで人生が変わることはない。」という広い心も子育てには必要なのではないか。

とはいえ酒瓶で殴るのは行き過ぎ

なんでも虐待という今の世の中に疑問もあるが酒瓶で殴るのは明らかに行き過ぎだ。最悪の場合は死という事にもなりかねない。おそらくこの長男は日常から虐待を受けていたのだろう。本来守ってくれる存在である父親にこんなことをされて心中を察するに余りある。

ただ私はある程度、げんこつなどの行為はやることは構わないと思う。叩かれたら痛いということもわからない人間に育つほど恐ろしいことはないからだ。

近年虐待で子供が死んだりするのは親自体が叩かれて育っていないからだろう。昔がよかったとは言わないが、叩かれたことにより「この位だったらいい、まずい」という判断がつくという一面もある。それは子供同士のケンカもしかりである。

ともかく今の教育はみんな仲よくしよう、イジメはなくそうという理想論ばかりだ。しかし学校というのは社会の縮図である。

勉強のできる子もいればできない子もいる。真面目な子、不良の子もいる。そして児童、生徒を見る教師がいる。これを大人社会に当てはめると稼げる人、普通の人。一般人、アウトローな人。そして取り締まる警察というところか。

大人社会でもイジメがあるのに子供にだけ理想論を求めるのはおかしくはないだろうか。

酒を飲む人は「記憶がない」と言えば許されると思っているのか

酒を飲む人は言い訳が多い。飲みすぎと周りから言われても「酒は百薬の長」と言い言うことを聞かない。酒がこの言い分のように薬だったらよって記憶をなくすまでの段階で薬物乱用だ。アルコール依存症=薬物依存症というのも成立する。

酒絡みの犯罪は多い。酔って犯罪をしても「記憶がない」の一言で罪が軽くなるのなら酒を飲んでから事に及ぶ人が多くなるのではないか。

ただ現実は記憶がないからと言って罪にならないということはない。