なぜお盆に海で泳ぐのか 自然に対して人間は無力

お盆に海で泳ぐことは危険?

今年もやっぱり水の事故が絶えない。子供を助けようとして父親もろとも亡くなったりしたのは気の毒にと思うが遊泳禁止エリアに入っておぼれて死ぬのは自業自得だ。

それ以前にお盆は海に入るなと言われたことはないのか?私は子供のころお盆に祖母の家に行った時に(家の向かいが海)「海で泳ぐ」と言ったら烈火のごとく怒られた記憶がある。

「お盆は霊が帰ってきているので一緒に連れていこうとしておぼれて死んでしまう」という教えだ。

私の祖母の家は漁師町だからそのような教えがあるのだろうと理解しているが、他の町のことを知らないので同じような教えがあるのかはわからない。

もしかしたら孫を守ろうとした方便かもしれない。

遊泳禁止エリアの意味

遊泳禁止エリアの意味はここから先は危険ですよということ。にもかかわらず行くというのは自殺行為。昨日も北海道余市町で遊泳禁止エリアに入っておぼれ死ぬ事故があった。この人は再三注意されていたのにもかかわらず入って行ってこの結果になった。

なぜこのような人が後を絶たないのか。「自分に対する過信」と「ルールを破る俺かっこいい」という馬鹿な考えがある。

これは冬のスキー事故にも共通する。冬も滑走禁止エリアに入って遭難死する人が出るが理屈は同じだ。

冬に限らず山は捜索費用が遭難者、または家族に請求されると聞いた事があるが、海の事故の場合はどうなのか?山はヘリコプターを飛ばしたり自衛隊を派遣したりしたりして費用が莫大になるのは素人でもわかる。では海は?

海もやはり捜索費用は必要になるとえ私は見ている。ダイバーの費用、船を出せばその費用、その数が多くなればより費用は莫大になるだろう。

遊泳禁止のエリアでおぼれ死んで、更には家族にも迷惑をかける。このような最期は私は迎えたくない。

自然に対して人間は無力

どんなに文明が発展しようとも自然の力にはかなわない。今年の九州の災害を見てわかるように人間は何もできない。

蓮舫事業仕分けの時の言葉を思い出してもらいたい。どこの地域かは覚えていないが津波を遮る長い防波堤を作るという事案を「何千年に1回の災害のために予算を割くんですか?」との一言で却下した。そののちに東日本大震災が起きた。

この言葉の裏にはそんなことなど起こるわけがないという考えがあったことがあったのは事実だろう。これと同じ考えが今回のおぼれ死んだ人にもあったのだろう。

なんにしても自分の過信と自然を馬鹿にするのは命取りになることを肝に銘じていただきたい。