巨人阿部慎之助選手が2000本安打達成 生え抜きでは37年ぶり5人目

生え抜きで2000本安打達成‼

巨人阿部慎之助選手が2000本安打を達成した。これまでほとんど捕手として出場して2000本とはすごい記録だ。捕手との両立は私たちが思うより簡単なことではない。捕手はチームの要でありグラウンド上の監督と言われるほど重要なポジションだ。

彼は主にクリーンナップを打っていたが捕手でその重責を勤め上げたのは数えるほどしかいない。戦後初の三冠王野村克也氏、メジャーリーグまで行った城島健司氏そして野村ID野球の申し子古田敦也氏くらいしか捕手で2000本安打を達成した選手はいないのではなかろうか。

確かに捕手目線で打席に立てるということも多少は関係あるだろうが、それは大して大きなファクターを占めるものではない。捕手が有利だとしたらもっと多くの捕手が2000本を達成しているはずだからだ。

そもそも捕手とは守備が第一のポジションであり打撃はあまり気にされてはいない。現中日二軍監督小笠原道大氏も2000本安打を達成した一人だが彼は捕手として入団したが内野手にコンバートされている。もし捕手のままだったら彼は2000本は達成してはいなかっただろう。

阿部慎之助選手は頭のいい人

阿部慎之助選手が一塁手にコンバートされてから正捕手は小林誠司選手になった。だが彼は経験が浅い。肩は申し分ないのだがいかんせんリードがイマイチ。それが今年の巨人の成績に表れている。

彼は新人の時からマスクをかぶっていた。その関係上いやな事、屈辱的な事があっただろう。彼が入団したころは名の知れたベテラン投手が多くいた。どんなに優秀な捕手という触れ込みで入ってもプロにしたらアマチュア野球しか知らない子供だった。

それをものすごいスピードでプロの野球というものを吸収していった彼は努力もあるが基本的に頭のいい人なのだろう。

もし彼が足が速く、捕手というポジションでなかったら

彼が足が速く、捕手でなかったら5年とは言わないが3年は早く達成していただろう。ただ走力とは生まれ持った才能。逆に走力だけでも生き残るのは難しい世界。生き残るには打者ならやっぱり打力なのだ。

走力だけで生き残ったといえば元巨人の鈴木尚広氏だが彼は極めて異例であり誰もがなれるわけではない。

もしも巨人でなくパリーグ球団だったら

巨人ではなくパ・リーグだったらどうだったか。彼が入ったころはまだ交流戦もなくパリーグと対戦できるのはオープン戦日本シリーズのみだった。しかし交流戦などを見てみると思いのほか順応しているので巨人で達成するよりは若干早いくらいだと思う。

守備面の負担がなくなるDHがあるので体の負担が軽くなるのも若干早いのではないかという根拠の一つである。