今のF1に日本人ドライバーが不在について

日本人フルタイムF1ドライバーが出て・・・

中嶋悟がフルタイムF1ドライバーになったのが1987年。今年は節目の30年になる。だがここ数年日本人F1ドライバー不在のシーズンが続いている。

中嶋氏が出ていたころは日本はバブル経済で(今の若い人にはわからないだろうが、しいていえば今の中国のような感じ)どんなに成績が悪くてもシートを失うことはなかった。

しかしそれが変わったのが1994年シーズン。いよいよバブル崩壊が日本人F1ドライバーを襲い始めた。鈴木亜久里が1994年のシートを失う事態になったのだ。確かにメインスポンサーのフットワークが規模を縮小してチームに対する発言力が小さくなったのも原因だろうが当時私は衝撃を受けた。

鈴木亜久里は翌1995年にシートを獲得するが一つのシートを英国人のマーティン・ブランドルとシェアする契約しか結果的に取れなかった。

私はここから日本人ドライバーの不遇が始まったと思う。同時期に片山右京もいたが彼もティレルからミナルディ都落ちして1997年限りでF1ドライバーを終えている。

この後にも日本人F1ドライバーは出たが2~3年でお払い箱。中嶋氏からこの時期までは日本メーカーや僅かなスポンサーを持ち込んでシートを獲得していたのが現実だった。

実力でシートを獲得したF1ドライバー

実力でシートを獲得したドライバーは今年のインディ500で日本人初の優勝を成し遂げた佐藤琢磨だろう。彼は曲がりなりにも英国F3チャンピオンである。ヨーロッパのモータースポーツであるF1では極東の小さな島国のチャンピオンは全く評価されないわけではないが「へ~すごいね」くらいにしか評価されない。

その佐藤氏でも6年ほどでシートを失った。彼の場合攻撃的なドライビングと無謀なドライビングが混在していたのがシート喪失の要因であったのは間違いないだろう。

中嶋一貴小林可夢偉もF1に乗る実力はあったが(この2人はトヨタのバックアップを受けていた)ヨーロッパの象徴であるF1の世界とトヨタの影響力が低下したとたんにシートを失った感が強い。

今この2人はルマンに代表されるスポーツカーで頑張っているが彼等はF1の政治に負けたのであって実力では決して引けは取らない。それは今のカテゴリーでの結果が示している。

そしてマクラーレンホンダ

マクラーレンと組んで3年目のシーズンも苦戦が続いているが徐々に良くはなってきている。前戦のハンガリーではアロンソがファステストラップを記録した。

これはホンダがよくなったのかシャシーがいいのかそれともアロンソだからなのか意見が割れるところだ。

ホンダがタッグを組んだ時日本人ドライバーが乗れるのではないかという甘い希望的観測が流れたが絶対にそれはあり得ないと思った。

なぜならばマクラーレンというチームは純粋な英国系チームであり日本人を乗せるくらいなら英国人を乗せるチームだからだ。事実1994年にミカ・ハッキネンの相棒を決めるのがギリギリになってしまい英国人のマーティン・ブランドルを起用した。

もし日本人を載せるチームならアイルトン・セナを擁した黄金期に日本人ドライバーを乗せるはずだからだ。

だがホンダにドライバーの人事権はない。どうしても日本人を乗せたいのならば中嶋氏の時のように供給先を増やしセカンドチームに乗せるしかないのが現状である。

日本人がF1に乗るためには・・・

F1に乗るためには実力、カネ、運が必要である。どれか一つ欠けても乗ることはできない。そりゃあ全世界で20人ほどしかなれない職種であるから倍率も半端ない。

しかし日本人ドライバーがこれだけ誕生した事実があるのだから必ずや出てくる可能性はある。それが来年なのか、はたまた10年以上まらなければならないのかそれは誰にもわからない。